ド陰キャによる成人式の記録 ※わりとつらい

 

 

 朝7時半に起きて、8時には美容室にいた。

 

 

朝っぱらから髪の毛をぐるぐる巻きにされたり熱でねじられたりしていた。

 頭はヘアピンまみれ、最後に髪飾りを突き刺され、場所を移動して次は着物を着付けてもらう。

 

 着付けの部屋に入って居合わせた相手は、なんと中学で部活が一緒だった同級生であった。

もし人違いだったら怖くて、話しかけられないままその子の着付けが終わった。声で彼女がやはり美術部でよく話していた彼女だったことがわかった。

 後悔していると、わたしの着付けも終わった。あまり着付けが上手な人ではなかった。

 

 仕上げに化粧をしてもらう。わたしは人の息が手にかかるのがあまり愉快ではないため、メイクさんにもそう思わせないよう手が接近しているときは息をあまりしないようにした。かなり苦しかった。

 

 

 すべてが終わって一旦家に帰った。

祖父母に晴れ姿を見てもらう。なんだかもう泣きそうだった。

 受付開始に間に合うように準備を終わらせてすぐに家を出た。わたしはもう少しゲームをしていたかったが、母に怒られてスタミナを残したまま渋々車に乗った。車の中で音ゲーをすると酔ってしまうから、もうゲームはできなかった。

 

 

 会場に到着。

バカクソに密だった。新型のコロナウイルスが流行ってるって本当ですか?

 フッサフサの白い毛を肩に乗せた、誰が誰かもわからない女の子たちが写真を撮ったり手を取り合ったりして嬌声を上げていた。男は男でなにやら群れていた。

 離れるよう指示する拡声器を持ったおじさんたちが狂うほどやかましかった。普通拡声器使うなら人の頭より上に向けるだろ。耳元で叫ぶな、俺はお前の敵なのか?

 

 

 友だちがいないので秒で会場入りした。

 

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母からのLINE。よくないよ、こういうの。

 

指定された座席に座り、即イヤホンを耳にはめる。これでわたしはもうひとりじゃない。もう一度音ゲーを開いてスタミナを消費した。これでスタミナは使い切ったのであとはもうずっと音楽を聴いていた。傍から見ると完全に服装と髪型以外成人式向きではない女の出来上がりだ。

 

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当時のインスタに上げたストーリー。文字通り目が死んでいる。

 

 

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そしてこれはキレるかと思ったDM。返信がもう陰キャのオタクだね。

 

 

 式典の最初は国歌斉唱、のはずだったが「飛沫防止のため心の中でご唱和ください」とのこと。もう何の時間なんだ。

 どこかのバカが「き〜み〜が〜ぁ〜よ〜ぉ〜は〜」と馬鹿でかい声で歌っていたが、下手だし他に誰も続かないし誰も笑わないしで最悪だった。そこまで歌って、さすがに恥ずかしくなったのかもう歌わなくなった。その羞恥心があるならはじめから下手な歌を聞かすなばかたれ。

 よくわからんおじさんたちのありがたそうなお話を聞いて第一部は終了、そして休憩なしで第二部が始まった。分ける意味あったか?

 

 新成人の決意表明ということで各中学校からひとりずつ代表が喋っていた。陽キャが見事にスベっていて、本当に申し訳ないが少しだけ気分が晴れた。ウケって狙ったときに限ってスベるよね。わかるよ。

 

 

 続いて恩師からのビデオメッセージ。

なぜか全く関係ない学校の先生の映像で涙ぐんだ。昔はそういう類のものはチベットスナギツネの如き眼差しで観ていたものだが、最近妙に涙が出やすい。

 

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チベットスナギツネ。

 

 自分の中学校の教師陣からのメッセージではもちろん泣いた。恩師らしい恩師はひとりしかいなかったが、ほぼ全員で泣いていた。ヤバい奴だろ。さっきまでイヤホンで音楽聴いてたような奴だぞ。何でなんだよ。

 

 

 情勢のおかげで短く済んだ式典が終わって会場を出たところで、高校で出逢った、たまたま地元が同じで中学は他校の友達と待ち合わせて会った。それまでガチでひと言も発さなかったので、そのときようやく声帯を震わせることができた。一緒に写真を撮った。

 

 そのあとは、会場係に促されて中学3年生のときの教師陣が待つという別会場へ向かった。恩師に会いたかったのだが、別で仕事があったらしく会えなかった。

 見渡すと自分の学校の同級生らしい人たちが集まっていたが、もう誰が誰か全くわからない。男も女も化けすぎだろ。あの純朴だったあなたたちに会いにきたのに、誰だあんたたち。

 

 あの頃、というか3年生のときはわりとクラスのみんなと仲がいいと思っていたが、誰にも話しかけられなかった。

 これは本当にびっくりするのだが、ガチで誰にも話しかけられなかった。陰キャってこんなに苦しいっけ?とかなり憔悴した。確かにわたしは眼鏡も髪色も変わってはいたが、それが原因ではない気がする。

絶対陰キャだからだ。わたしが犯罪級の陰キャだから、話しかけるほどでもない、もしくは誰の記憶にも保存されていない存在にまでなっていたのだ。わたしはあの場にいた全員の敵だった。恐らくわたしはあの地域の中学校の卒業生ではなかったのだ。ほら、この文章だって文字なのに早口に見えるでしょう?それぐらいわたしは救いようのない陰キャなのだ。もはや病気レベルで。助けてくれ。

 

 

 そして、どうやら中3(15歳)の自分からの手紙があるということで、先生方がいるブースへ向かった。

 

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実際の手紙。当時の自分の悪いところがすべて出ている。


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せっかくだから返事を書いた。最悪な気分だった。

 

 わたしが自分の名前を伝えても受付の先生方の顔が晴れることはなかった。他の生徒と当時や現在の話で盛り上がっていたあとなのに本当に申し訳なかった。誰かよくわからん着物だけが華やかな陰キャが水を差してしまった。

 恩師は今どうしているか、と尋ねると「元気に仕事をしている」と返ってきて安心した。わたしが卒業したあとに転任したと聞いていたが、戻ってきたのだろうか。話している最中はそこまで頭が回らず聞き損ねてしまった。

 「何か伝えておきますか?」と言われたので「元気に役者みたいなことをやってるので、そうお伝えください」と言っておいたが、果たして他クラスのほぼ面識もない超ド級陰キャの言伝など帰るまで覚えておいてくれたのだろうか。

 

 

 それでもうやることは済んでしまったので、帰宅することにした。

 これも本当にびっくりする話なのだが、怖くてその先生方がいるブースになかなか足が進まなくて、そこに行くまでに1時間もかかってしまった。もう頭がおかしいとしか思えない。お医者さんに脳みそと心の治療をしてほしい。

その間ずっと待たせていた高校の同級生と母には本当に申し訳なく思っている。

 

 

 帰りの車中、自分が惨めすぎて泣いた。

 何万円もするメイクアップ代を「一生に一度きりだから」と母や祖父母に出してもらったのに、誰にも話しかけられず、自分からも話しかけられずに、本当に何もないまま人生で一度きりの成人式を終えてしまった。

 当時好きだった人もすぐ見つけたのに、何もできなかった。話しかけるどころか目すら合わせられなかった。

 

 その人はスイミングをずっと習っていて、学校でよく表彰されていたような人だった。そして家も近所の幼なじみで、小さい頃はよく彼の家で遊んだものだった。

 彼はひと目でわかるほどの当時の面影はあったが、髪の毛もきちんとセットしてスーツでばっちり締まっていたから、あの頃の野暮ったさがどこにもなかった。顔はもともと目鼻立ちがくっきりしていて整っていたほうだと思う。

 周りの女の子が「あの子かっこよくなったね」と囁きあっているのが聞こえた。わたしもそう思った。あいつ、中学のとき付き合ってた女に「重い」って言われて別れたらしいけど、また新しい彼女とかできたのかな。できただろうな。あんなかっこよくなっちゃってるし。小学校の頃実は両想いだったとずっと後に誰かから聞いたとき、なぜかわからないけどものすごく後悔した。子どもだから恋も愛もよくわからなかったけど、あの人のいいところはそれなりに知っていた。後から何を思ったところで時間は戻らないのにね。

 

 

 ぜんぶぜんぶ惨めだった。歳を重ねるごとにどんどん自分が情けなくなっていく。わたしはこんなことを思うために大人になったのだろうか。

 地元のことはそれなりに好きで、中学も、3年生のときのクラスはとても楽しかった。陽キャのみんなとも分け隔てなく話せて、陰キャにしてはクラスでも存在感があるほうだった。

 そんな奴が、誰からも話しかけられず自分からも話しかけられないなんて、どういうことなんだよ。何のために高い金払ってもらって立派な着物まで着せてもらったんだよ。何のためにクソ寒い中会場に向かったんだよ。何してんだよ、お前。バカかよ。死んでくれ。こんな自分、死んだほうがずっといい。

 情けないわたしは、失ってはいけないものばかり失って、得ないほうがいいものばかりを身につけていく。

 

 この文章だって、もう何のために書いているのかわからない。せめてエンタメに昇華したいと思って筆を執ったのに、後ろ暗いことしか書けない。それぐらいわたしは自分の成人式がつらかった。

例の高校の友達がいなかったら、わたしは本当に口さえ開かないまま家に帰っていたことになる。会おうと言っていた、中学から唯一まだ繋がりがある友達とも会えなかったし。

 もう嫌になっちゃうな。わたしが道化でなかったらクソ暗いテンションを5日は引きずっていたと思う。

 

 

 20歳になったところで何がめでたいんだろう。

生まれたときがわたしのピークだったというのに。望まれて産まれて、きっとみんながわたしの出生を喜んでくれた。あのとき狂うほど泣き喚いたのは、もうこれ以上無条件に幸せになれる瞬間はないと知っていたからだ。

 

 自分がそれなりに文章が書ける人間でよかった。

そうでなかったら、このどうしようもなく暗く沈んだ気持ちに溺れてそのまま戻ってこなかったかもしれない。

 

 

 

 

 わたし以外の人の成人式は、どうか華やかで幸せなものでありますように。