年の瀬に

 

 

 今年はほとんど何も成し得なかった。

 

 

 

年始からコロナが流行り始め、狭い船の中だけだと思っていたものが、気づけば世界を蝕んでいた。

 

 

 よく見ていたテレビのスターたちは次々死んでしまい、尊敬していた俳優も自ら死を選んでしまった。ニュース速報で知ってから半年経とうとしている今でも信じられない話である。紅白歌合戦で『やさしさで溢れるように』を聴きながら今日もまた泣いた。

彼の遺した穴は、他の誰かで埋められるほど小さいものではなかったのだ。

 

 

 「次はこれをやろう」とメンバーまで集めていた脚本を上演できないまま年度ごと終わろうとしている。自分で書き続けてきたいくつかの脚本たちも、このまま日の目を見ることができないままデータ容量だけ食い続けるのだろうか。

 

 

 

 かなしいなあ。

 

 

 

 描いていた未来では、学生生活の最後を華々しく終わらせるためにすべての活動に精を出し、舞台を発表できる場があれば精力的に出るはずだった。

そのためにいろいろな策を練り、客に喜んでもらえそうな内容を考えていた。自分たちの個性を輝かせる最大の魅せ方とは、自分の考える最高のエンターテインメントとは。

 だから、感染拡大防止のために演劇や映画、ライブが規制されたときは、目の前が真っ暗になる思いだった。

 

 

生きる理由が、生きてほしい理由が、真っ先に潰えた。

 

 

 

 ウイルス感染を防止するには密集・密接・密着してはいけない。そんなことはわかっている。

 それでも生きる理由だった。この世界に連れ出してくれたきっかけだった。それを全身で伝えたかった。

 

 

 それが、できなくなってしまった。

 

 

 あたたかく応援してくれている友人たちに、わたしの活動を楽しんでくれているファン(と言っていいのかわからないが…)のみんなに、わたしが元気でやっている姿を見せられなくなってしまった。

 

 

 

 こんなことになる未来なんて、考えたことすらなかった。

 

 

 苦しかった。つらかった。卒業公演が自校で無観客になると聞かされたときは、ものすごく悔しかった。わたしたちの最後の晴れ舞台を、家族にすらリアルタイムでない液晶の向こうでしか観てもらえない。こんな悔しいことがあっただろうか。

 

 

 

 

 そんな年が、終わる。

 

 

 

 

どうか次の年は、人と人が触れ合える距離が近くなっていますように。

 

大きな声で笑っていても、誰にも白い目で見られませんように。

 

みんなの心が、見えない恐怖に怯えませんように。

 

 

 

 

 

 人生は、”得る”と”失う”を繰り返す。これはもう覆しようがない真理だ。

嬉しいことがあった直後に青天の霹靂、なんてザラにある。

それでも何とか、大きな悲しみに襲われてHPが1になってしまったとしても、何とか、何とか持ち堪えてほしい。

 

 

 

 なぜなら、わたしはあなたに会いたいから。

 

 

 

もう既に出会ったあなたにもう一度会いたい。

まだ出逢ったことのないあなたに出逢いたい。

 

 

 だからそれまではどうか、いや、それからもどうか、生きていてほしい。

 これはわたしのエゴだ。「あなたにあいたいから」というだけのエゴだ。

 いつか出逢うあなたのために、いつか出逢ったあなたのためにもわたしは生きるから、あなたも、わたしじゃなくていい、別の素敵な誰かに出逢うために生きていてほしい。

 

 

 

 

 

 

 なんか今年はいろんなことがあったからいっぱい言っちゃった。

冬も深くなってきたから、暖かくして寝てね。

 みんな愛してるよ。それぞれ幸せに生きようね。

 

 

 

 

2020.12.31

小田才加